以前の記事で、他店舗への転勤を断ることは可能かについて紹介しました。
今回の記事では少し視点を変えて、薬剤師以外の業務への配置転換命令があった場合に断ることは可能なのでしょうか。
大きな会社であれば、薬局を運営する部署以外にも採用を担当する部署やDIを担当する部署、店舗開発する部署など様々な部署があると思います。
もし会社から、薬局業務ではなくそういった他の部署への異動するよう命令された場合、断ることは可能なのでしょうか。
全体的な考え方としては転勤の場合と同じなのですが、今回のようなケースでは薬剤師としてのキャリアの視点も入ってくるので紹介します。
会社には配転命令の人事権がある
日本の会社では、正社員に対して幅広い人事権があります。
簡単には解雇できない代わりに、転勤や配置転換をあるていど自由に指示できるわけです。
例えば会社が新卒採用を今後やめるとします。
そうしたときに、アメリカなどであれば新卒採用を担当していた社員は解雇です。
しかし日本では簡単には解雇ができないため、代わりに他の仕事をお願いしたりします。
これらは、日本型雇用システムにおける終身雇用という仕組みのもとに成立した考え方、法制度です。
終身雇用はすでに破綻していますが、未だにこのような考え方、法制度は残っています。
人事権の濫用の場合は配転命令は無効
とはいえ、すべての配転命令が有効となるわけではありません。
労働契約法3条5項にあるとおり、その配転命令が権利の濫用にあたる場合は無効となります。
第3条(労働契約の原則)
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
では権利濫用にあたるのか、あたらないのか。
これがまた難しい判断なのですが、基本的には以下の4点が判断基準になります。
- 就業規則や雇用契約書、労働条件通知書に配転命令の根拠がある
- 配転の必要性がある
- 不当な動機や目的がない
- 労働者の不利益の程度
就業規則や雇用契約書に配転命令の根拠がある
まず、就業規則や雇用契約書、労働条件通知書を確認します。
通常、就業規則には「会社は業務上の必要性がある場合には社員の職務を変更する場合がある」といった内容の規定があります。
こういった規定が配転命令の根拠です。
また、労働条件通知書には「従事する業務の内容」が明示事項として定めています。
従事する業務の内容が薬剤師業務に限定するような記載の場合、配転命令をできないこととなります。
この「就業規則や雇用契約書に配転命令の根拠がある」というのは、権利濫用の判断基準というより、そもそも配転命令を出せるのかという前提条件ともいえます。
配転の必要性がある
次に、その配転が本当に必要かどうかです。
ただしその必要性については、次に挙げる不当な動機や目的がある場合を除き基本的には認められます。
- 薬剤師が過剰なため
- 採用担当が退職したため
のような理由はもちろんのこと、
- 色んな経験をさせるため
のような理由でも問題ありません。
基本的には、配転の必要性というのは会社の都合であり、そこに外部の人間が口出しするべきではないということです。
不当な動機や目的はないか
一方で、その配転命令に不当な動機や目的が存在する場合には権利濫用と判断され無効となります。
不当な動機や目的として分かりやすいのが
- 上司に逆らったから
のような報復目的の配転です。
「そんなこと本当にあるの?」と思うかもしれませんが、これが意外と多いので注意が必要です。
不利益の程度
最後に、配転の必要性があり不当な動機や目的がなかったとしても、その配転が労働者にとって不利益が著しく大きな場合は権利濫用となります。
最終的には、会社の必要性と労働者の不利益のバランスともいえます。
また、転勤の場合は不利益も分かりやすいですが、たとえば薬局業務から採用担当への配転のような場合はどういった不利益があるのでしょうか。
もちろん不利益は人それぞれなのですが、一般的にはキャリアに対する不利益があります。
薬局業務から採用担当に配転した場合、薬剤師としてのキャリアはストップしてしまいます。
薬剤師としてキャリアを積みたい人からすれば、この配転は大きな不利益です。
もし会社にそこまで大きな必要性がないのであれば、この配転命令は権利濫用と判断されるかもしれません。
職務の限定の黙示的合意
またそもそもの問題として、薬剤師として就職しているのだから、雇用契約書に薬剤師限定のような記載がなくても、薬剤師限定として黙示的に合意されているのではないかという話もあります。
実はこのような問題は何度か裁判も行われており、医師のような専門性の高い仕事の場合は黙示的に職務の限定が合意されていると考えられています。
しかしこの「専門性の高い仕事」の判断が難しく、女子アナウンサーの場合には、黙示の合意が肯定された裁判もあれば否定された裁判もあります。
では薬剤師の場合はどうなのか。
個人的には専門性の高い仕事として、職務の限定の黙示的合意が認められるのではないかなと思っています。
まとめ
以上、今回は、薬剤師が薬剤師業務とは関係ない部署への配転を断ることができるのかについて紹介しました。
最終的には
- 会社にとっての配転の必要性
- 労働者にとっての配転の不利益
この2つのバランスになってくるので、断れる場合もあれば断れない場合もある、というのが結論になります。
断言できなくてごめんなさい(笑)
ただ忘れてはいけないのが薬剤師手当の存在です。
配転によって薬剤師手当がなくなり給与が減ってしまうのであれば、労働者の不利益はいっきに大きくなり、権利濫用と判断される可能性も高くなります。
今後は薬剤師→テクニシャンのような配転命令がでる可能性もゼロではないため、配転の権利濫用の考え方は知っておいた方が良いと思います。