薬局の在宅対応が増えてくると、それまでとは異なる労務管理上の問題が生じます。
その1つが緊急対応のための待機時間です。
緊急で薬を届ける必要が生じたときのため、帰宅後も薬局携帯を所持する薬局も増えています。
最近だと新型コロナの治療薬を届けるケースが多いかもしれません。
その場合、緊急対応した時間は当然に労働時間として、薬局携帯を所持しているだけの時間(いわゆる待機時間)が労働時間に該当するか否かが問題となります。
以前も似たような内容を記事にしており、そのときは、薬局携帯を所持している時間は労働時間に該当する可能性がかなり低いと結論付けました。
しかしこれは24時間対応全般の話であり、在宅の緊急対応のための薬局携帯所持となると、話は少し変わってきます。
そして、薬局ではなく訪問看護ではありますが、実際に緊急看護対応のための待機時間が労働時間であると判断された裁判にアルデバラン事件(横浜地裁令和3年2月18日)がありますので紹介します。
アルデバラン事件の概要
アルデバラン事件は、居宅介護サービス事業を営むY社に勤めていた看護師(以下「X」。)が、Y社に対し、緊急対応業務のための待機時間も労働基準法上の労働時間に含まれるとして、割増賃金の支払いを求めた事案です。
この事案では、待機時間の他にも
- 早出残業と居残残業
- 管理監督者性
- 固定残業代
など、ありとあらゆる労働時間該当性が争われました。
労働時間とは
一般的に、労働基準法32条の「労働時間」に該当するか否かは、労働者が会社の指揮監督下に置かれていると言えるかどうかという観点から客観的に判断されます。
もし労働者に「労働からの解放」が保証されていない場合、結果的に業務に従事しなかったとしても、待機時間を含めて労働時間として扱われることになります。
アルデバラン事件の判決
本判決では、本件の緊急対応業務の内容を以下のように認定したうえで、
- 労働者の行動の自由に対する拘束の程度
- 業務従事の頻度
などから、待機時間が労働時間に該当するものと判断されました。
本件緊急対応業務の内容
本件緊急対応業務の内容としては、当日の終業時刻から翌日の勤務開始時刻までの間に、患者が発熱・ベッドからの転落・徘徊・呼吸の異変等が生じた際の対応業務になります。
Y社は看護師2名にNo1とNo2の携帯電話を渡し、このうちNo1が優先の電話、No2はNo1の電話所持者がやむにやまれぬ事情で対応できない場合に、No1の電話所持者に用件を伝えることなどに対応させていました。
また、No1の電話所持者は電話の着信に遅滞なく気付き、必要に応じて速やかに看護等の業務に就くことが求められていました。
Y社の反論
看護師Xについて、実際の緊急看護対応業務は電話所持8回につき1回程度しかなく、その際の対応時間は30分から1時間程度でした。
また待機時間中であっても外出は許可されており、待機場所を明確に指示していたわけでもありませんでした。
そのため、Y社のXに対する時間的・場所的拘束は極めて軽微なものにとどまっており、本件の待機時間は労働時間に含まれないと反論しました。
裁判所の判断
本件の緊急対応業務の内容を踏まえると、Xは呼び出しの電話があれば直ちに駆けつけることができる場所にいることを余儀なくされていたと言えます。
また、着信に遅滞なく気付き、発信者に対して当面の対応を指示するとともに、必要があれば看護等の業務に就くことも求められていました。
Xの実際の対応頻度についても、緊急看護対応業務は電話所持8回につき1回程度なものの、これらは実際に緊急看護対応が必要になった回数であり、実際には緊急看護対応に至らなくても相当の電話対応が必要であったと推測されます。
これは決して少ないとは言い切れず、Xが本件緊急対応業務に実際に対応した時間だけでなく、待機時間についても労働基準法上の労働時間に該当するものであると裁判所は判断しました。
まとめ
以上、今回は、緊急看護対応のための待機時間が労働時間であると判断されたアルデバラン事件について紹介しました。
待機時間の労働時間該当性が裁判の争点となることは少なくありませんが、それぞれの事案について、労働者が会社の指揮監督下に置かれていたかという観点から客観的に判断されます。
今回の事案では、
- 看護師2名にNo1とNo2の携帯電話を渡し、No1の電話所持者に速やかな対応を求めていた
- 実際の緊急看護対応業務は電話所持8回につき1回程度であり、その際の対応時間は30分から1時間程度
- 待機場所を明確に指示していたわけではないが、実質的に直ちに駆けつけられる場所にいることを余儀なくされていた
以上の観点から、待機時間も労働時間に該当すると判断されました。
薬剤師において全く同じような状況というのは無いでしょうが、薬局携帯の運用ルールを作るうえで、ひとつの参考になる裁判といえるでしょう。