今回はかなり古い裁判例ですが、薬剤師の人にはぜひ知っておいてほしい裁判例です。
今でこそ大きな病院の門前には薬局が乱立していますが、以前は薬事法(現在の薬機法)に薬局の距離制限に関する規定が存在しました。
この規定により薬局開設の不許可処分を受けた会社が提訴した、行政処分の取消請求事件です。
この事件は最終的に、薬局の距離制限に関する規定は憲法違反であり不許可処分も無効との判決がでました。
日本国憲法下において最高裁判所が法令違憲判決を言い渡したのはこれで2例目であり、薬局関係者でなくとも知っている有名な事件ですので今回紹介します。
薬局距離制限事件の概要
昭和38年、原告の会社が広島県福山市にて薬局開設の許可申請を行ったところ、広島県は薬事法と県条例の定める薬局等の配置基準に適合しないとして不許可処分をしました。
そこで会社は、距離制限を定める薬事法および県条例が憲法22条1項に違反すると主張し、不許可処分の取消訴訟を提起しました。
薬局距離制限の規定
当時の薬事法では、薬局距離制限について
(許可の基準)
第6条 次の各号のいずれかに該当するときは、前条第一項の許可を与えないことができる。
一 その薬局の構造設備が、厚生省令で定める基準に適合しないとき。
二 申請者(申請者が法人であるときは、その業務を行なう役員を含む。第十三条第二項において同じ。)が、次のイからホまでのいずれかに該当するとき。
イ-ホ (省略)
2 前項各号に規定する場合のほか、その薬局の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合には、前条第一項の許可を与えないことができる。
3 都道府県知事は、前条第一項の許可の申請について前項本文に規定する事由があるかどうかを判定するには、地方薬事審議会の意見を開かなければならない。
4 第二項の配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることができるように、都道府県が条例で定めるものとし、その制定に当たつては、人口、交通事情その他調剤及び医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮するものとする。
このように規定されており、広島県条例においては既存薬局からおおむね100mの距離制限を設けていました。
なお開設許可を申請した薬局については、「既存の薬局から水平距離で55メートルのところにあり、しかも半径約100メートルの圏内には5軒、半径約200メートルの圏内には13軒の薬局があった」とのことです。
憲法22条1項に違反
憲法22条1項においては
- 居住・移転の事由
- 職業選択の自由
を定めており、薬局距離制限の規定はこの憲法22条1項に違反するとしました。
憲法22条1項
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
薬局距離制限事件の判決
この事件の背景として、原告の会社が開設許可を申請してから、県の回答が出されるまでの期間に薬事法が改正され、薬局距離制限の規定が導入されたという事情があります。
そこで、まず改正前の薬事法を適用するべきか、改正後の薬事法を適用するべきかが争点となりました。
改正前の薬事法を適用するべきなのであれば、距離制限規定を根拠に不許可処分を行うことはできないからです。
その結果としては、
- 第一審:改正前の薬事法を適用
- 控訴審:改正後の薬事法を適用
- 最高裁:改正後後の薬事法を適用
となりました。
しかしこの裁判において重要なのは、この争点ではありません。
改正後の薬事法を適用するのであれば、その改正後の薬事法は憲法に違反していないのか。
つまり、薬局の距離制限に関する規定が憲法に違反していないのかが重要になります。
規制目的二分論によって判断
憲法にって保障されている職業選択の自由ですが、その自由を制約することが憲法に違反していないか判断する基準として「規制目的二分論」という考え方があります。
簡単にいえば、その規制の目的に応じて審査基準を使い分けるというものです。
職業選択の自由に対する規制は
- 積極目的規制
- 消極目的規制
に分けられ、審査基準が異なります。
積極目的規制
積極目的規制とは社会経済政策のための規制をいい、「明白性の基準」という審査基準を用います。
具体的には、その規制の目的や手段が著しく不合理でない限り憲法違反ではないという、かなり緩い審査基準です。
消極目的規制
一方の消極目的規制とは市民の生命・安全・健康を守るための規制をいい、「中間審査基準」という審査基準を用います。
具体的には、その規制の目的が重要であり、その目的を達成する手段としてその規制の必要性と合理性が厳しく審査されます。
目的を達成するために「より緩やかな規制が無いか」が審査される、厳しい審査基準です。
薬局の距離制限規定は消極目的規制
薬局の距離制限規定の目的は「不良医薬品の供給の防止」とされており、これは消極目的規制であると認定されました。
そして厳しい審査基準に照らした結果、「その目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものではない」とし、憲法22条1項に違反するとの最高裁判決がでました。
「不良医薬品の供給の防止」が目的であれば、そこまで職業選択の自由を制限しなくてももっと緩い規制の方法があるということです。
なお、積極目的規制による職業選択の自由の制限が争われた事件として小売市場距離制限事件が有名ですので、もし興味あれば調べてみてください。
まとめ
以上、今回は、薬局の距離制限に関する裁判例を紹介しました。
法律の勉強をする人の中ではかなり有名な事件なのですが、意外と薬剤師の中には知らない人も多いので今回紹介しました。
大きな病院の門前に薬局が並んでる光景を見て、
「法律で規制すれば良いのに・・・」
なんて思ったことがある人もいるのではないでしょうか。
実はすでに試みられていたのです(笑)
薬剤師の業務には色んな目的から様々な規制がされていますが、たまには、
「この規制の目的って何なんだろう」
「この規制って憲法とか法律に違反してないのかな?」
みたいなことを考えてみても面白いかもしれないですね。